罪を憎んで人を憎まず


 その昔、こんな言葉が有りましたよね。板垣退助が暗殺された時に最後の言葉として有名です。そして原典は孔子の「悪其意不悪其人」(罪を犯したその動機・背景にまず目を向けるべきであって、罪そのものひいては罪人のみに捉われるべきではない。)です。

 昔も凶悪事件が多数あり、ライフル立て篭もりの金嬉老事件とかピストル少年の永山則夫事件とか・・・・・当然その凶悪犯は裁判にかけられ「死刑」の判決を受けている。日本は法治国家であるので法律によって裁かれたのです。これらの凶悪な犯罪に世の中は震撼させられたのですが、この犯人達の生い立ちやその動機が社会的に問題視されていた様に思います。永山則夫の「無知の涙」「人民を忘れたカナリアたち」などは死刑囚の犯行の総括として活動家たちにもよく読まれまた社会問題化されていました。貧困・無知・集団就職・落ちこぼれ・・・・・・。


 今年、光市母子強盗殺人事件の犯人少年(当時18歳1か月)の死刑判決が確定された。少年による凶悪な犯罪で一審では無期懲役が判決されたが、被害者の夫が少年であっても「死刑」にしないと被害者が報われないと控訴を続けた。

被害者家族の心情は理解できるとしても、マスコミ・報道に大きな問題があったと思う。連日、この事件の裁判を取り上げ「凶悪犯罪」「少年法」に対しての問題提起を続けた。そして、「仇討」をしないと遺族は気がすまないと・・・・。このことにより右翼団体による弁護士への脅迫や「維新の会」の橋下徹のテレビでの「弁護士懲戒請求」煽りなどがあり、「仇討」が大きな社会的な問題となっていった。

 「遺族の心情」=「仇討」は間違いです。江戸時代では制度化されていた「仇討」が、明治時代になって「敵討禁止令・復讐を厳禁す」によって新たに法制化されたのです。法治国家として「法」で「犯罪」を裁くことになっているのです。まさに「罪を憎んで人を憎まず」の精神です。ところが、最近の風潮としては「法」で「罪」を裁くのではなく「遺族の心情」に重点が移って、「犯人」を「憎む」裁判になってきているようです。「危険運転致死傷」の適用などにもこのような傾向が見られます。特に「陪審員裁判」制度が導入されてからは法律の素人が「心情」で量刑を決めることになってしまっています。なにかが変わってきていると感じます。

 犯罪は許されるべきことではないでしょうが、社会情勢・その背景や追い詰められた動機があるはずです。このことを見ずに「犯人」を憎むだけでは問題は解決するはずはありません。最近の不景気な世の中では、「貧困」が原因での犯罪も増えています。たった2万円を盗むために強盗殺人を犯してしまう若者たち・・・何に原因があるのだろうか?


 マスコミ・報道が作り上げてきたこの風潮には、更に大きな問題が潜んでいます。「テロリスト」「テロ支援国家」「対テロ戦争」問題で、ロシア・プーチンのチェチェン人テロ戦争、アメリカ・ブッシュのアルカイダテロ戦争などです。日本でも、わけのわからない「テロ特措法」なんかが有ったりして、「テロ」はいけない、怖い、許せない・・・・・・と。

 「テロは犯罪です」と言っても、通常の犯罪とは違って「政治的な意図・要求」があるはずです。それでは、アメリカ911同時多発テロについて考えてみましょう。(私は陰謀論者なんで自作自演と思っていますが)アメリカはWTCビル崩壊・ペンタゴン攻撃にパニック状態に陥り、ブッシュの言う「犯人はアルカイダだ!」「テロリストは許せない!」「テロ支援国家も許せない!」「皆殺しだ!」「テロ」「テロ」「テロ」「テロ」「テロ」「テロ」・・・・・を信じてしまい、誰もが訳のわからない「対テロ戦争」に足を踏み込んでしまった。

 FBIも911テロは犯罪としながらも、実行犯はすぐに特定されたがビンラディンが犯人である証拠はないと。当時のライス長官も「証拠は後で出す」と言いながらそれっきりに。

アメリカ国民はアルカイダの「テロ」に至った政治的意図や要求を分かっているのだろうか?話し合いや平和的な解決策を検討したのだろうか?3000人を殺害されたアメリカ国民は100万人を超すアフガン・イラク国民の死骸を見て満足したのだろうか?


 日本でもこの感覚が麻痺してしまっている。都バスに乗ると「ただいま渋谷警察署管内ではテロ特別警戒中です」と一年中アナウンスが流れる。なんで日本がアルカイダのテロの標的にされるんだ。ま、強いていえば「テロ戦争支援」をしたからかな。

お巡りさんが一年中腹巻にダイナマイトを抱えたアラブ人を警戒するより、なぜ「テロ」が有ったのか、どうすれば「テロ」が無くなるのか、「テロ戦争」を終わらせるにはどうすればいいのかを考えなかったのだろうか。「テロはいけない、怖い、許せない」といつの間にか洗脳されてしまったのだろうか?


 などと、考えてしまう。「罪を憎んで人を憎まず」孔子の儒教的思想なんでしょうが、とてもよい言葉だと思っています。昨今世の中が殺伐としているせいでしょうか、身にしみて感じます。



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