「アメリカに潰された政治家たち」

孫崎享(まごさきうける)著




孫崎享氏 

 


1.この本を読んで


 この本を読んで、日本の為政者たちがいかにひどい人間たちであったか、

こんなひどい為政者の国、日本で生きている私たちがいかに情けない存在であるか、私たちはこんな国に生まれ育ち、生活しているのかを思い知らされ、怒りに打ち震える思いがした。彼らには独立国の為政者としての誇りはないのか?いやそれ以前に人間としての自尊心はないのか?と問いたい。

アメリカの植民地日本、その中で生きていくためにはかくも卑しい奴隷根性を身につけなければならないのか?アメリカ隷属の政治家、官僚、財界、マスコミの輩どもは、アメリカという宗主国に対して、国の富を上納し、国を売り、同胞を売り、魂を売って生き延びてきたのだ。

それでも今私たちがとりあえず「普通の暮らし」ができているのはただ単に運が良かったからではないか。

私たちは「怒りと悲しみをもって」(どこかで聞いた言葉)彼らを断罪すべきである。

 


2.アメリカ隷属の政治家の代表格

 


吉田茂

池田勇人

三木武夫

中曽根康弘

小泉純一郎

小渕恵三

森喜朗

安倍晋三

麻生太郎

菅直人

野田佳彦

 

3.アメリカと戦った12人の政治家

 

これに対して、アメリカからの自主独立路線を目指した政治家たちがいた。孫崎氏は12人の政治家を挙げている。彼らはことごとく、アメリカのみならず、アメリカの奴隷である日本人(政治家、官僚、財界、マスコミ)の手によって葬り去られた。

 

鳩山一郎

石橋湛山

重光葵

芦田均

岸信介

佐藤栄作

田中角栄

竹下登

梶山静六

橋本龍太郎

小沢一郎

鳩山由紀夫

 

 小沢一郎、鳩山由紀夫は記憶に新しいところ。小沢は東京地検特捜部に、鳩山は財務省傘下の国税庁にやられた。

 橋本龍太郎、「アメリカ国債を売りたい衝動にかられる」と言ってアメリカの逆鱗に触れた。以降このような発言をした首相はいない。日本は今だに毎年13兆円のアメリカ国債を買い続けている。これは国債ではなく上納金である。アメリカには返すお金もなく、返す気も全くないのだ。

 梶山静六は沖縄の反基地勢力の意見をまとめあげた。アメリカ流金融ビックバンに強硬に反対した。不審な交通事故にあい政界引退、その後すぐ不審死。

 竹下登、「国連PKOで軍事的分野に人を出す考えは全くない。」と表明。リクルート事件がでっち上げられ失脚。

 田中角栄、日中国交回復でアメリカの虎の尾を踏んだ。ロッキード事件をでっち上げられ葬り去られた。

 芦田均、昭電事件で辞職。

重光葵、不審死。夕食、就寝後、突然苦しみ出しそのまま亡くなる。(薬物攻撃?)

 石橋湛山、首相就任後すぐ、不審な病に倒れ辞職。その後88歳まで生き、長生きであった。あの時の病はなんだったのか。(薬物攻撃?)

 鳩山一郎、吉田茂の政敵。自主独立派。


 

4.岸信介と佐藤栄作の評価

 


 12人のうち、岸信介、佐藤栄作に関しては疑問符がつくと思うが、私の歴史認識の甘さなのか?

 孫崎氏による岸信介評は以下のとおりである。

岸信介はA級戦犯として巣鴨プリズンに収監されている時、戦後の冷戦構造を予感していた。ソ連が台頭しアメリカとの対立が顕在化すれば、アメリカは必ず自分を必要としてくる。そうなれば首を絞められずに済むと考えていたらしい。案の定そのようになり、最高権力者にまで上り詰めた。まさに「昭和の妖怪」である。CIAから岸へ金が流れていた事から、CIAのエージェントとみられていた。しかし岸は金を引き出すが、アメリカからの自主独立路線を歩もうとする。そこで不平等極まりない安保条約を改訂し、少しでも平等な新安保条約にし、次の段階で行政協定(現在の日米地位協定)の本丸に踏み込みたいと考えていた。予想外の反安保闘争の盛り上がりで、新安保条約成立後、辞職する。

 

 孫崎氏は佐藤栄作の評価としてニクソンとの繊維密約の反故を挙げている。これによってニクソンとの関係が悪化し、ニクソンの報復をうける。

 しかし私が持っている佐藤栄作のイメージは次の通りだ。

佐藤栄作は70年当時の首相であった。約7年の戦後最長期の政権を築けたのもアメリカとの関係がよかったためではないか。べーテー(米帝国主義)とエーチャン(佐藤栄作)は我々の最大の敵であった。紛れもなく日本はベトナム戦争の後方支援の役割を担っていた。佐藤政権はこれを積極的に推し進めていた。巷間、佐藤栄作の寛子夫人は星条旗の腰巻をしているとの噂が流れていた。(腰巻とはずいぶん古い話しですねえ(笑))それくらいアメリカべったりだと思っていた。核密約が有り、それが後に明らかになる。毎日新聞の西山記者が暴いた核密約は「西山事件」として矮小化され、葬り去られたことも許せない。沖縄返還も佐藤栄作の功績とも思えない。アメリカにとって何らかのメリット有りと判断されたから沖縄返還話が進んだのだと思う。まして「ノーベル平和賞」など、何かの間違えではないかと思った。悪い冗談にも程があると思った。


 

5.60年安保闘争の評価と2012年からの官邸前抗議

 


 60年安保闘争は20代前半の全学連闘士が主導した。組織労働者も動員して、戦後最大の大衆運動になった。当初全学連本部は電話代も払えないくらい資金難であったが、ある時から金回りが良くなり、バスや都電をチャーターして学生を動員できるまでになった。のちに元共産党員で右翼の田中清玄や財界からのカンパがあったことが明らかになる。これはCIAからの資金提供であった可能性も指摘されている。スローガンも「安保反対」から「岸を倒せ」に微妙に変わったようだ。日本人の中に「A級戦犯岸信介」へのアレルギーがと強かったことも影響している。もはやアメリカにとって岸は不要になった。岸のあとに吉田茂を据えようとしたらしい。吉田は池田勇人を推したらしい。

 

 孫崎氏は講演で次のような話をするらしい。

「アメリカの工作で、60年安保闘争は岸打倒とその後の対米追随への道筋を決定づけることに利用された」という話をすると、安保闘争に参加した人達は「自分たちがやった運動が結果として日本の対米追随を強化したことは非常に寂しい」と嘆く。(樺美智子さんの死、傷ついた多くの若者たちが流した血はなんだったのかと思う。)残念ながらこれは厳然たる歴史上の事実である。

 60年安保闘争は組織化された運動であった。しかし、今起きている官邸前抗議は個々人が個々人の意志をもっての行動である。これを見て私は50年にわたって続いてきた対米追随がついに終わりを告げるのではないかと密かに期待している。




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